御巣鷹山 慰霊登山

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画像「慰霊登山」なんて言葉ができたのはこの山がはじめてではないでしょうか。
1985年8月12日日航機123便がこの山に墜落しました。520名の死者。

もう27年も前なんだ。毎年あれから何年~~のニュースが報道されているがリアルタイムで見なかった人にとっては「昔の事故」の一つにすぎないのですね。

登山用にモンベルに買い物に行ったら、売り場の人は誰も「御巣鷹山」を知らなかった。
「標高はどのくらいの山ですか?」「どこにあるんですか」
そうね。30前くらいの若い人には「御巣鷹山」は知らない山なのね。

軽くショック。

高崎に住んでいたころは出会う人出会う人この事故に関わっていて群馬県中の大人が手伝いに行ったようだった。墜落現場へ行く道がなかったので人海戦術で道をつけたそうです。

特に歯医者さんは一人残らずかり出されたようで「アレは辛かった」「匂いがね。忘れられない」「今でも夢にみる」皆語る。

この時のお医者さんの娘さんがまたお医者さんになってて、歯で遺体を確認するシステムを開発して、これが今回のというか去年の東北大震災の時の遺体確認作業を格段に早くしたのです。

事件も事故も風化するんですねぇ。でもうちの子供達は「御巣鷹山」が飛行機事故のあった山だと知ってたから・・・?
モンベルの人は登山のことしか興味なかったのかな。

ま、ともあれ御巣鷹山慰霊登山だそうです。
ゆそーに携わるものとして一度は事故の現場に立って安全の意味をなんちゃらするそーです。

また夫が何やら熱く語って今度は山登り。優等生はどうもな。リソーを語るのはエライんだけど、あんた登山なんかしたこと無いじゃん。大丈夫なの。

革靴はやめなさい。ジーパンもダメ。カッパだけは持っていかんと。
暑くても長袖。リュックは20リッター以上のでないと役に立たんよ。

あぁ手が掛かる。
御巣鷹山は1600mクラスだそうです。結構高いな。
でもまぁバス3台でガイドさんもつくそうだからいくら方向音痴の夫でも遭難はすまい。

私は行きません。ゆそーに携わっていないし、その土曜日は久ケ沢徹兄貴の『A HALF CENTURY BOY』の舞台を見に下北の本多劇場に行くの。
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