父が転んで足の骨を折った

1月5日土曜日、父転ぶ。大腿骨骨折。腰ではありませんでした。
ゴミを出そうとして慌てて転んだそうです。
動けなくて3時間外に転がっていたそうです。(風のない温かい日でよかった)
なんとか家に戻り、姉に電話して、姉が隣の家に電話して、親家(隣家の事)が救急車を呼んでくれました。当日と日曜は意識がはっきりしていたのですが月曜に私が行ったときはせん妄症状が出ていて目が開かず、いくら言ってもベッドから降りようとする、大声で「立たせてくれ」(折れているので無理です)「情けないこんな無様な姿を晒したくない」「もうわしは諦めた」「お母さんちょっと押してくれ」「痛い痛い」と叫ぶので付き添うよう言われました。
ここでちょっと。
病院としては付き添いをお願いすることはできない。立場上。だから家族からのお願いという形で、付き添わせてくれということで付けて欲しい。

「付き添いをつけろ」と言ってるのと同じだとおもう。

家族はみな遠方なので長く付き添うことが難しい。と姉が言うと、
「その場合は家政婦さんを雇って、病院には遠縁のものですとおっしゃって下しい。病院では一切家政婦さんは認められませんから。暗黙の了解でそうすることになっています。私達に家政婦さんとか言わないでください。」

老人病院とかじゃないんですよ。香川で西の方ならここと言われる拠点病院です。人出不足とも思えないので地域性なのかも。
今まで入院した病院も多いのですが、こんな事を言われたのは初めてでした。
私んちはガン家系でみな入院経験者なのですが・・・看護師さんが看護してくれて家政婦とか家族が付き添うのを嫌がる病院ばかりだったので???な気分です。
そして家族がいる間は丸投げでほっとかれるので、父がせん妄が出たのも刺激がないせいじゃないかなと思いました。
まぁ忙しんでしょうが。

月曜の担当医の話では、
「もう、せん妄がひどいので、手術するかどうかはご家族が決めていいと思います」
「では手術してください。痛がっていますので」
「でも手術するかどうかはまだ決められない。麻酔科の先生と心臓外科の先生と相談してみます」

手術するかどうかはまだ決まりませんでした。


月曜に続いて火曜日もせん妄が出て、同室の患者さんの邪魔になるので、個室に入るよう言われました。
早急に付き添いの手配が要ります。ケアマネさんと相談して、看護師・家政婦派遣協会に行って、契約しました。
生協と牛乳と役場からのお弁当を止めて、父のかかりつけの医院と母の入院先の病院に行って請求書はうちに回してくれるよう話して・・・

これが一箇所で終わらないから辛い。レンタカーで3つの町をグルグル回って2日間。やっとすべての手配が終わりました。

途中病院の看護師さんから電話があって、「個室にしていいですか?料金のことをいい忘れてて」「個室にしてください(そうでないと入院させておいてくれないくせに・・・と心の声)」「一日12800円プラスになります」
はいはい。

夕方病院に戻ったら個室に変わっていて、せん妄が一段とひどくなっていて心が折れそうになりました。
「今日は泊まっていかれないんですか?」とまた新しい看護師(この病院は毎日担当看護師が変わるんです)
そんな話は聞いてないし、個室に移ってすることもないので断りました。
なんだかな~~。大丈夫なのかなこの「完全看護」の病院。食事をさせるとむせるので、とろみの付いた食事に変わりました。
でも父は肩が痛いから揉んでくれというばかりで、揉んでいると食事が進まないので揉んで、合間を見てスプーンで口元に運びます。
するとその間肩を揉むのが止まるので父は怒って「肩が痛い!揉んでくれ!」と怒鳴って私の手を払いのけます。
ご飯は飛び散るし、看護師さんからは「まだ食べさせてないんですか?」と言われるし、肩を痛がっていて食べてくれないので湿布薬とか貼っていいですかと聞くと「持ってらっしゃるなら貼ればいいんじゃないですか」

そんなもんも出ないのかこの病院は!ちょっと怒りそうになりました。でも入院してる病院で嫁が怒ってもな。ちょっとまずかろう。我慢しました。
その日の昼頃睡眠薬が出たようです。

水曜、回診があって、部長先生らしき人に担当医が「金曜日に手術する予定です」聞いてないよ~~~でも決まったのが嬉しい。木曜5時から術前説明をします。と担当医。
父は昨日食事を済ませてから、眠りっぱなしです。回診の間もいびきをかいて寝ていて特に診察とかはありませんでした。

昼の食事が来て「起きてください。お父様」といくら言っても起きてくれません。そこへ、付き添いさんがいらして、症状や「見守り」をお願いしたいことなどを話し、契約書の手続きなど済ませました。

この付き添いさんが優秀な方で、朗らかで手馴れていて、あっという間にお父様のベッドの背を起こし、体制を整えて(私にはできない!重くて動かせない)「さぁ食べてください」
目の開かない父は(せん妄が出てからつむったまま)おむつが邪魔だと外そうとします。
「おむつをのけてくれ。外してくれ、邪魔だ。」
「あらあら、でもそうするとすっぽんぽんになってお尻が丸見えになってしまいますよ。私が恥ずかしいです。」
「・・・・・・・・・、あんた、だれな?」
「私の顔が見えますか?××幸子って言います。」
「見えん」
「目をつむっておられるからですよ。開けて顔を見てください」
「・・・・・、メガネとってくれ」

それから30分で父のせん妄は終了しました。

記憶に混乱はあるものの
「なんで病院にいるのか?足が痛い」
「折ったんです」
「なんで折ったんかな。そうだ高いとこから落ちたに違いない」
「転んだんです。ゴミ出そうとして」色々と話すと

「おーーーそうだったそうだった。」それから私の顔を見て
「おや、ホーカさん、あんた来たんか」
「いましたよ。もう3日めです。私はもう帰ります。ほんとにもう」

それはないでしょお父様!な気分でした。
新しい女性が来た途端、せん妄がやんで、付き添いさんに「食べてください。手術のためにも体力が要りますからね」と言われてお昼もサクサク食べて。
昨日も一昨日も私が口に運んだ時は払いのけて怒ったくせに~~~~。

まぁせん妄がやんで本当によかったんだけど、やりきれなさが。
お父様のカッコつけが!

この記事へのコメント

2013年01月31日 16:36
覚書
6日からお父様せん妄が出る。
7日8日9日と香川へ行く。
10日術前説明はお姉さまと妹さんで聞く。
11日手術。成功。
19,20日夫が見舞いに行く。
せん妄が進み、認知症といわれる。食欲がなくほとんど食事をしない。
点滴をしている。リハビリも意欲がない。転院先を探している。
2013年02月20日 14:15
追記
2月12日転院のため11日から香川へ。
病院の支払い、転院手続き、役場、銀行、ケアマネ、地域包括センター等への連絡、諸手続きのため13日まで滞在。
2013年03月14日 21:27
せん妄がやみ、リハビリにも意欲的。食事も半分くらいは食べられるように。
90日しかいられない病院なので次の病院を探す。頭がはっきりしてこられたのでリハビリ中心の病院を探すこと。付き添いの家政婦代が月35万ほど。なかなかきつい。

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